【劣等感】周りと比較して落ち込まない方法と考え方

周りと比較することは自分を不幸せにする行為。
上を見ればすごい人が沢山いてキリがないし、下を見て見下せば、自分の成長を止めてしまう。
だからと言って、完全に周りと比較しない事が出来ない。
僕なりの周りと比較しない方法を説明していくから、他人が気になる人はぜひ読んで欲しい。
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他人と完全に比較しないのは無理

タイトル詐欺になるけど、完全に人と比較しないのは無理。
タイヤとエンジンの無い車が無いのと同じで、承認欲求、マウント癖、他人と比較したりするのは人間の標準装備。
他人との比較や承認欲求がなければ人間は頑張ることが出来ない。
人からすごいと言われたいから収入を上げたいし、モテたいと思うから化粧をしたり、オシャレになりたいと思う。
他人と比較する事は悪ではない
他人との比較や承認欲求が悪だと思ってしまうのは、お金を使えば簡単に満たせるようになってしまったから。
持ち物や、見栄を張った経験を他人に見せることで、マウントを取ろうとするから、承認欲求が悪だと思われてしまう。
人間の悪癖を完全に無くすことが出来るのは、悟りを開いたお坊さんくらいにしか出来ないから一般人には不可能
だったら他人と比較する癖は正しく使って、自分の人生の目的を達成する為に利用した方がいい。
目に見える幸せほど他人と比較しやすい
10万円のバッグと5万円のバッグあったら値段で比較すれば、どっちが凄いかは明らか。
だからこそ、お金をかければ簡単に相手と比較して優越感に浸る事が出来てしまう。
SNSで見つけた他人の幸せっぽい物に価値を感じるより、自分が良いと思ったものを買ったり、経験した方が幸せになれる。
運動習慣を取り入れる

周りの人間を見てみれば分かるけど、運動や筋トレを日常生活に取り入れている人は少ない。
実際に国の調査でも運動習慣がある人の割合は3割くらいらしい。
つまり筋トレや運動習慣があるだけで少数派の意識が高い部類に存在することが出来る。
簡単に周りの人と差をつけれる習慣は運動習慣くらいしかないと思っている。
週に1回でもランニングしていれば、自分は頑張っているなと、自尊心が満たされる。
腹の出た上司に理不尽な事を言われたとしても「自分は筋トレをして自己管理が出来ている」と精神面でマウントを取っていれば精神ダメージが少なくなる。
自己管理をしてない人を見下すのは良くないけど、「筋トレをしている自分は偉い」という感覚は精神安定剤になる。
周りと比較してしまうのは自分に自信がないから。
比較しても他人の長所に目が向く

他人を下に見て優越感を感じたとしても、相手のいい所に目がいってしまう。
例えば、僕が高卒で働き出した時も、周りの大学生よりお金持ってるぞ、と優越感を感じていた。
でも、大学生は自由な時間多くていいな、将来は年収で負けるんだろうな、と結局比較して劣等感を感じていた。
人間って隣の芝生は青く見える生き物だから、他人と比較した時点で他人の長所を見るようになってしまう。
比較して長所を見失う
人間は自分に無いものを欲しがる生き物だから、他人と比較していると自分の長所を見失ってしまう。
ディズニー映画の「リトルマーメイド」出てくるアリエルが代表例。
本来、アリエルの歌声に惚れた王子様だったのに、アリエルは声と引き換えに足を生やすことを選んだ。
他人と比較すると自分の長所を忘れて、足りない物、持ってない物ばかりに目がいく。
相手の努力は見えない

他人と比較したところで、相手の努力量の真実は分からない。
僕の高校の友達に部活で全国大会に出場した友達がいた。
その人は全然努力なんかしてないと言っていたけど、実際のところ真実は分からない。
好きな事だったから努力を辛いと思ってなかったのか、カッコつけて努力してないアピールをしていただけかもしれない。
相手の努力量なんて本当は分からないんだから、比較して自分が落ち込んでる事に意味は無い。
落ち込んでる時間こそ無駄で、今の自分に出来る事をやるしかない。
周りは陰で努力している
誰でも、例外なく学生時代のテスト前に勉強してない自慢をしていたと思う。
とか言って、実はみんな勉強をしていて、点数が悪かった時の予防線を張りたがっていたでけだと思う。
大人になってからでも実はそうで、ダラダラしてるように見える人も陰でコソコソ努力をしている。
そう思っていた方が自分にとって都合がいい。
そう思っていた方が、自分のモチベーションも維持できるし、周りに置いてかれないように自分にプレッシャーをかけることができる。
むしろ大人になってからこそ、勉強の大事さを再確認している人がほとんどだから、周りの人間は絶対に努力している。
自分に都合の良い解釈をして、自分の目標達成の道具に使うべき。
知識をつける

知識を身に付ければ人と比較することはなくなる。
知識や視野が広がれば広がるほど人には人の価値観があって比較した所で意味は無いことに気づく。
例えば周りが「どれだけマイホームを持つべき」という意見を言ってきても、自分は「マイホームはリスクが高すぎる」という考え方を持っていれば振り回されることは無い。
知識をつけて、自分の考えを持つという事は自分基準で物事を判断する力になるから周りと比較することも無くなる。
知識は誰にも取られない財産だから、その財産が増えていくことは自信につながってくる。
知識だけが自分の成長を実感できる
子どもの頃は何もしなくても賢くなっていったし、身長も高くなっていくから成長を実感する事ができた。
でも、大人になると知識をつける事でしか成長を実感する事ができない。
成長できないと他人と自分を比較して見下したり、マウントを取る事でしか自分を肯定することができなくなる。
知識をつける事が、大人の自己肯定感を育てることができる行為。
自分を理解する

上司から「周りはもっと頑張っているぞ」と言われて比較される事があると思う。
けど自分は自分なんだから頑張れる限界値は決まっている。
筋トレでも自分より重い物を持ち上げている人がいるけど、どう頑張った所で自分の実力以上のウェイトを持ち上げることは出来ない。
それより自分に出来る事を頑張る方が周りの目を気にする必要もなくなる。
他人に合わせて頑張っていれば、いつか精神を病んでしまって仕事を辞めてしまう。
自分は自分という感覚を身に付けていないと周りに合わせて頑張りすぎてしまう。

自己理解の近道はミニマリストになること
ミニマリストになることは自己理解への近道。
物を捨てるということは自分で判断して捨てる事になる。
ソファやテレビとかは普通の人は持っている物だと思って無意識に他人と比較して自分の持ち物を比較している。
本来は自分が必要な物だけを所有すれば良いのに、周りの目を気にして他人基準で物を買ってしまっている人は意外といる。
最近は多くのモノや、やりたい事が多すぎて、本当に自分のやりたいことが分からなくなってしまいがち。
自分基準で要らないものを捨てるということは他人と比較しないことの第1歩になる。

他人からは嫌われてもいい

人から好かれようと思って相手に合わせた態度を取っていたとしても八方美人が嫌いな人は存在する。
むしろ、自分は周りの空気を読んで生きているのに、自己中心的な人が好かれているのを見ると余計に人を妬んでしまう。
例えば、最近まで僕もイケメンが嫌いな人はいないと思っていた。
でもイケメンに対して「騙されそう」「簡単に捨てられそう」と思って苦手意識を持っている人もいると聞いて確かにと思ってしまった。
僕も美人な店員とかに接客されると何が高いものを売られるのでは?と勘ぐってしまう事があった。
どんなアイドルでも「ブサイク」というアンチはいるし、募金をする善人を「偽善」と言う人がいるように万人に好かれることは不可能。
どうせ嫌われるなら自分が好きな事をして嫌われた方が気分がいい。
一時的に人が離れたとしても本当の自分を好きに思ってくれる人も必ずいるから、自分の本心で生きた方がいい。
人から嫌われたことがないから人に嫌われるのが怖くて仕方ない。

上には上がいる

上を見ればキリはないから、他人と比較し続けても、自分が幸せになれることは無い。
日本一のお金持ちになろうとするならユニクロの会長よりお金持ちにならなきゃいけない。
まだ数字で表せるモノならワンチャンあるけど、日本一のイケメンとか、一番仕事ができる人間みたいな抽象的なものだと何を基準にしていいか分からなくなる。
他人と比較せずに、自分のペースで、昨日の自分より成長していればOK。
「上」の基準は人によって違う
そもそも、上の基準って人によって変わってくる。
従業員たくさん抱えていてお金持ちの社長とか分かりやすく上の人間のように感じる。
でも僕は、そういう人よりフリーランスで自由に生きて、生活している人間の方が楽しそうに見える。
安定したサラリーマン、自由なフリーランス、投資家、実家が太い人間、大企業の社長、好きな仕事をしている人‥
どれが一番いいか、「上」であるかは人それぞれで、自分が決めるしかない。
まとめ

他人と比較する事が減っていけば、自分の人生に集中することが出来るから毎日が楽しくなる。
他人が自分をどう思うかよりも自分が自分の事をどれだけ理解して好きになるかの方が大事。